皆さんこんにちは!
少し時間は経ってしまいましたが、2021年度も締めて、2022年度を迎えました。

今日は、辛かった時の話を、しよう。

昨年度1年間は個としても、会社としても大きく成長し、

成長10倍
(※事業運営上非上場企業なので、メモリ非公開はご了承ください。)

一人の頑張っている山本玲奈から、少しは経営者としての山本玲奈に進化できたんじゃないかと思います。

年間10倍も成長した先に見える景色は本当に絶景で、粘ってきてよかった!と思うことができました。
そしてその絶景を見続けたい、そんなアドレナリンがたくさん出て、
もっともっと会社を成長させ続けたいと思えました。

4月には全社総会を行い、昨年度を振り返り、最も活躍し会社の成長に貢献したメンバーを表彰し、

MVP

涙あり、笑ありで大盛り上がり、順調満帆っぽいスタートを切れています。

が、ヒュープロがここまでくるのに7年。当社は、華やかなリリースを出し続けてる会社がある中では、白けた期間が長かったことは事実です。

そんな誰も注目もしてくれなかった期間にあった「 ハードシングス 」の経験の方が、どん底だった会社でもこんなに元気になるんだ、と勇気を与えられるんじゃないかと思い、

今日は、その裏側のことについて書きたいと思います。

崩壊の始まり

成長に始まりがあれば、
崩壊しそうな時、前兆がある。

ここ直近の当社の成長率はありがたくも凄まじく、
その成長には前兆があった。全身に行き渡る「いける!」という感覚、心の余裕(正式には余裕はなかったが、客観的には数字が低迷しているにもかかわらず謎の自信にみなぎっていたらしい)があり、ゆったりとした感覚で猛烈に仕事をしていた。自分を突き動かすような情熱と、熱気を感じていた。

2020〜2021年度

しかし、たった直前まで、そんなことはなかった。

2年前

全く伸びず、月1行う株主定例では繰り返し、
来月は伸びます、再現性を追求してます 」の1点張り。
それを12回繰り返す。
僕はその話を12回聞いた 」と言われるようになり、
「もう来月は、来月こそ伸びます、と言えなくなったな...」と言い訳さえ奪われて、八方塞がりだと思いました。

うまくいきそうな時は前兆を感じると同時に、
組織が崩壊しそうな時も、前兆を感じる。

私の場合、なぜかわからないけど「なんとなくやばそう」という感覚が数ヶ月悶々と頭の中をよぎっていました。
なんとなく回っていた歯車が、錆びて重くなってギシギシと音を鳴らして鈍化していくような、そんな感覚でした。

そこから見事に、歯車は回らず、ネジが次々と外れて「伸びていないなりに平和な毎日」が「伸びていないし戦に負けたような毎日」にみるみる変わっていきました。
そんな毎日が、リアルに、1年間ずっと、でした。

1年で起きた3つハードシングス

ハードシングス

1)何をしても業績が伸びない

ベンチャーでは自分たちの夢を自信満々に語る必要がある。
でもそれを本当に到達しているという進捗を出さずに言い続けていると、
夢を語っていることが嘘を語っているような罪悪感に陥ってしまい、精神的にもキツくなっていきます。

夢も叶わなければ嘘と変わらない、そんな感覚でした。

どうしたら業績が伸びるのか、夢に近づけるのかわからず、暗闇を走っている思いで、ただ会社の預金残高が減っていく一方でした。
大きなオフィスに移転したばかりで毎月の支出に対して明らかに見合わない収入で、毎月口座を見ることが憂鬱でした。

だからこそ、その時に粘り続けてくれたメンバーは本当に尊く、感謝してもしきれない思いです。
見えない未来に毎日向かっていくのは精神的にも、物理的にも間違いなくキツかったと思います。

でもそれが、いかに自分たちをタフに育ててくれたのか、乗り越えたからこそ実感できるものも大きいです。

2)何をしても離職が止まらない

一人の離職から、次々と離職が生まれる。

ほぼ全マネージャーや幹部と言われる方々が会社をさって行き、

いつの日か、未来の事業計画を話す会議で、ふと見渡すと私を除いては来月辞めるメンバーしかいなかった会がありました。個室の空気は重く、窒息しそうでした。

離職の連鎖が1年中続いていました。

最終的に、社員は半減し、業務経験や会社経験の浅いメンバーだけになり、
株主には 頑張れベアーズ! と励まされました。

しかしあの時、誰一人もうやめたい!と思わず、みんな揃って、やるしかない!と同じ方向を向いていたことが救いです。

そして全員フル稼働で再建し、分かったことは、年齢経験関係ないということ。
どんなにヤバい状態でもやり抜こうと思えば、いくらでも未來は拓けると言うこと。

3)どんなにやっても時間が足りない(急に迎える一人DD)

また当時、業績不調に離職連鎖の裏では、資金調達を進めていました。

当時、藤田ファンドと既存投資家から2億円強の資金調達を進め、年末にDDが待ち構えていました。

一緒に資金調達にまわっていた幹部も離職し、突然一人でこなさなければならない状態になりました。

キャッシュもそう長くは持たないことも社内に言えず、
とにかく資金調達をして乗り越えないといけないと、とプレッシャーを感じていました。

年末には、ほぼ期中に一人で年次決算を締めるような財務DDがありました。

自分自身の管理部門に対する知識の弱さに何もできず、
弊社のDDをしてくださっている会計士なはずなのに、DDの回答方法を聞いて教えてもらいながら、半泣き状態でやっていました。
(その時の会計士の先生には本当に頭が上がらないです...!)

どんなにやっても時間が足りない。
むしろ時間がどんなにあってもわからなすぎて、できない。

財務DDもとうとう締切の年末を迎えましたが、
あまりの出来の悪さに締め切りを延長してもらいました。

何をしても「わからない」と嘆いていた12月27日の締め日、隣の部屋では会社の忘年会が行われていました。

刻一刻と時間が過ぎても進まず、絶望的な気持ちになりました。
12月27日が終わる30分前にはDDの会計士から「大丈夫ですよ、年明けまで待ちます」と優しく言われ、

DD期限

でも年末って誰にも何も聞けないじゃん、どうしようもないじゃん

と嘆き、優しさに絶望が上乗せされました。

そして、12月27日が終わる数分前に顧問の税理士から電話があり年末返上で全てやってくださると言われ、
嬉し過ぎて一人でガッツポーズをしていたことは鮮明に覚えています。

この時、管理部門がいかに大事で、蔑ろにしているとその負債の消化の方が大変だと実感しました。
そしていつでも優しくサポートをしてくれる士業の先生は偉大だと思い、
改めて、自社のサービス
が日本中の会社を救うと確信を持ち、絶対に世の中に広げると誓いました。

なぜ起きたのか

コトに向かえていなかった

DeNA南場さんの有名なお話、コトに向かうとありますが、私は一番共感できると言える自信があります。

離職の大きな要因の一つは私が抱えていた「コトに向かえなかった」という課題でした。

良いマーケット、明確な課題、それを自分たちのサービスで解決できる自信があった。

それなの事業が伸びず、組織はうまく運営できなかった。
全ては、コトに向かえなかったからです。

事業を伸ばすためにやった方がいいと言うこと、
思ったことや改善して欲しいこと、フィードバック、
事業や顧客のための熱い思い、

振り返ると、このような「事業を伸ばす」コト、「ビジョンを実現する」コト、顧客の期待に応えるコトに向き合えたことはなかったです。

コトに向かう

それよりも誰かが傷つかないように、という名目の自分が傷つかないための、言わなかったコトが多かったです。

でも、究極、
ベンチャーでは成長以外無い
です。

個人としても、組織としても、成長痛を感じながらも成長しない限り、
誰も幸せにならないです。

ベンチャーではコトに向い成し遂げるためには、
「言えない」という自分の弱さも、今「億劫だな」と思い乗り越えられないミッションも、
向き合い、成長して「できないこと」を「できるように」して何が何でも事業の成長にコミットすることが最優先事項です。

一人の努力が組織を成長させるが、逆に一人の「無理だ」と言う気持ち、
自分含めて所詮できないと諦める気持ち、いつかやろうという1秒の怠惰が組織の成長を阻害します。

それら全てを、私がやっていたのです。

だから、ベンチャーではコトに向かう以外選択肢はなく、
そのために個の成長と、組織の成長が最優先であり、事業を伸ばし組織を良くしていくことが、
誰にとっても良いコトに繋がります。

どのようにして乗り越えたのか

でもそんなハードシングスも悪いことばかりじゃなかったです。
私にはとっても大切な、 信頼できる仲間がいたこと  に気づくことができました。

強がる殻は破れ切ったほど、もう強くなかったですが、そんな私のことを受け入れ、
何でも話せる仲間がいました。

不安な気持ちも、弱さも、どう乗り越えたらいいかわからないと言うことも、全て話しました。

餃子の王将を食べながら「それ今、絶対めっちゃ辛いですよね」と言ってくれた時は泣きそうになりましたが周囲に人が多かったので我慢しました。
夜の安いバーで「山本さんがやる限り、タピオカ屋さんでもなんでもやりますよ」と言われた時は、流石に泣きました。

そこで学んだことは、信頼とは自分からするものだと言うことです。
最初信頼は、されてから心を開くものだと思って誰のことも信頼できなかったです。
爆笑
(※今となってはあの時の事を笑って振り返ることができる良い思い出になりました)

でもこのハードシングスを共に乗り越えてくれた人たちがいて、
信頼されたかったら自分から信頼をすることだと知りました。
そして信頼しようと思えば、誰のことも信頼できる。

ここにいてくれると言うことは尊いことだから、みんなのこと、信頼しようと思いました。

そして最後には、
自分が覚悟を決めて、コトに向かいきる
とう言うことです。

コトに向かう
(※一つの画面を見て笑って真剣に議論できるようになった時、コトに向かえるようになったと実感しました。)

良い意味で「どうにでもなれ」と思えた瞬間、伸び伸びとコトに向かい切ることができました。

キャッシュはそこをつき、
何も知らずに財務DDをやり、
幹部が全員辞めて、
クライアント数は2000社を超えたのに売り上げがゼロに戻って、
もうこれ以上失うものはないと思い、
自分が全てやるんだと覚悟を決めて事業を伸ばすコトに全力を注ぎました。

そこから言えないことも無くなり、自分も周囲も手を動かさないことも無くなりました。

間違いなくこのハードな連続の1年間は、私個人のことも、私たち組織のことも育ててくれました。

そこからできた私のポリシー

不安の特効薬は、努力しかないこと

ホリエモンが、運を掴むことが大切であると同時に、運を掴むために努力をする
と言うことを言ってましたが、その通りだと思いました。

会社の急成長は一夜にして伸びきりました。その背景には様々な幸運がありました。
偶然信頼し切れる仲間に出会えたことも、
偶然誘われた講演会で藤田社長に出会えたことも、
偶然マーケットの状況が変わったことも、全て運といえば運です。

でもその運に出会えるまで、努力し切ると言うこと。
運をいつでも掴めるためには、運を見逃さないくらい全集中で仕事に取り組むこと。

不安に思っているだけでは何も解決されない。
努力をして幸運の神様が微笑みかけてくれるまで、やり切るしかない。
やり切れば、必ず、未来は切り拓けると言うこと。

そして、私の生き方も変わりました。

ストレートに、誠実に、自然体で信頼をする

が私にとって大切な生き方となりました。

ずっと、
いかに遠回しに「察して」もらう力を育むか、
誰にも疑ってかかる、
そんな私が、真っ直ぐに生きること、自然体でいること、自分を隠すより背伸びせずありのままに伝え、ありのままで接する関係が心地よいコトに気づけました。

そして今のヒュープロ

かつては、離職の連鎖で止まらないこの会社も、
ここ2年間まるまる離職率は2%未満を誇り、
仲良し
(※社内では毎日笑いが止まらないほど仲の良い雰囲気です)

毎年新卒社員を迎え入れることができています。
新卒

年齢経験性別関係なく若手が主体となって活躍し、
新卒

全社総会で笑って泣いて、感動できる会社になりました。
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そしてこれからは、もっと、アジアを代表する会社というビジョンに向かって
ビジョン

一歩一歩、真摯に、誠実に、素直に、愚直に、自然体で、そして常にここにいられることに感謝をして
向かっていきたいと思います。

最後に

ヒュープロは粘り強く、真摯で誠実にビジョンに向かい、そして毎日笑顔に溢れる仲の良い会社です!

そんな私たちの歩みはまだまだ止まりません。
さまざまなポジション、全職種で仲間を募集しています!

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